2017年9月29日金曜日

孫子の兵法 虚実編その6

6、兵を形するの極は無形に至る。

孫子曰く。「故にこれを策して得失の計を知り、これを作して動静の理を知り、これを形して死生の地を知り、これを角れて有余不足の処を知る。故に兵を形するの極は、無形に至る。無形なれば、則ち深間も窺うこと能わず。智者も謀ること能わず。形に因りて勝を衆に錯くも、衆、知ること能わず。人みなわが勝つ所以の形を知るも、わが勝ちを制する所以の形を知ることなし。故にその戦い勝つや復びせずして、形に無窮に応ず。」



【解説】

(勝敗は兵の数ではなく、事前準備で決定するとして)

孫子曰く。「故に先ずは相手を知る事である。戦う事で何が得られ、何を失うのか?相手は何を基準にして動き、又は動かないのか?兵の生き死にが決まる地形上の急所は何処か?敵の守りの堅い処(有余)と、薄い処(不足)は何処か?

こう考えてみれば、兵の態勢(形)の極みは敵が知る事のできない態勢(形)、つまり無形という事になる。無形ならば、スパイ(深間)がのぞき見る事もでき無いし、どんな智恵者も謀というわけにもいかない。態勢(形)によって勝利を得るのだが、多くの者はそれを知る事もできない。

誰しも自分が勝ちに至った態勢(形)は分かるだろう。だが、どのように勝ちに至ったのかは分からない。そして、無形こそ極みなのだから、一度戦いに勝てば同じ態勢は2度と採用せず、相手に応じて無限の変化(無窮)をさせるのである。」





事前準備にこそ勝利の秘訣があるのだから、まずは相手を知りなさいという話をしている。孫子があげている知るべきポイントは以下の4つだ。



    孫子のチェックポイント

    • 戦いよって何が得られ、何を失うのか? ⇔ 戦いの損得
    • 相手は何を動機として動くのか? ⇔ 相手の価値観
    • 地形上の急所は何処か? ⇔ 山の上は有利に戦えるなど
    • 守りの堅い場所と薄い場所は何処か? ⇔ 兵の練度・多寡など



    敵の情報は大いに越したことは無い。情報を得るためには、時にはスパイを送り、時には小競り合いで実際に戦い、時には戦う場所に実際にいってみる。このようにあの手この手で敵を入念に調べるのである。そうあってこそ、勝利への道筋を予め想定する事ができるのだ。

    しかし、逆に言えば、敵に此方の情報を渡すと同じ事をされてしまう事になる。得た情報を基に、敵が詰み将棋のような手順で攻めてきては、勝利など叶わぬ夢となろう。そう考えて見れば、敵は全く情報が無い状態にするのが望ましいのである。よって、兵の態勢の究極を考えるに、相手に何も知られる事の無い、無形にこそあろうと孫子は言うのである。

    無形ならば、敵が例えスパイを送り込んでも、何をどうしていいか分からない。何せ調べようにも、無形ゆえ実態が分からないのだ。敵にどんな知恵者がいたとしても、情報もなしに作戦は練れないし、机上の空論となる。勝利は綿密な計算の上で得られるのだが、そもそも我が軍の実態を掴ませないのだから、何故私が勝利するのかを多くの者は知る事はないだろう。

    実際に戦えば、私が採用した陣形なりを知る事はできる。だが、何故その陣形を採用したのか?実際にどう用兵をして勝利に達したのか?最も肝心となる部分を知る事はでき無い。戦いは勝敗の戦う前に決するのだから、私の採用した陣形だけを知っても何ら意味が無いのである。どういった事前準備をし、どういう狙いでその陣形になり、どういう計算から用兵したのかが、本当の意味での勝利の秘訣なのだ。

    それ故、一度採用した態勢は2度採用しない。理由は2つある。一つは、相手に知られてしまった態勢は、無形足りえないから。相手に与える情報は少ないに越したことは無い。一度採用し、相手が入念に対策を立てられる態勢を2度使っては、絶対不敗とはいくまい。もう一つは、この世には同じ状況は2つと無い故である。戦う相手も違うし、地形、相手の準備など何一つ同じとはなりえない。勝利への手順は、相手の情報を基に作り上げるある種のオーダーメイドなのだ。それが、同じものになるはずもなく、結果として相手に応じて無限に変化する。

    さて、今回はマニュアルについて考えて見よう。俗にマニュアル人間と言えば、言われた事しかできない応用の効かない人間を指し、褒められた言葉では無い。では、何故応用が利かないのだろうか?それはマニュアルが、何故そういうマニュアルになるのかを知らないからである。

    例えば、挨拶一つとってもマニュアルを作った人は、お客様に対する印象をしっかり計算しているものである。声の高さは?話す速度は?と。それなのに、作った人の狙いをまったく理解しないで、マニュアルをこなしても、本来マニュアルをこなした事にならない。作った人の狙いを知らないから、どんな時も同じ対応となり、結果として上司を怒らせたりするわけだ。作った人の狙いを理解していれば、状況に応じて対応が取れるようになる。例えば、今回はマニュアル通りにはいかないと気づけ、自分で考える事の出来る人間になっていくのである。

    今回、孫子はこういう事を説明していて、故に無形である自分の狙いは悟られる事が無いとは、マニュアルの話の逆説となる。そして、周りは自分の作戦をマニュアルとして学ぶのだから、マニュアル人間が自分に勝てるはずが無い。なぜなら、そのマニュアルは2度と使われる事が無いと読みかえても良いだろう。

    マニュアル人間とは、マニュアルの理解不足と意味するのだから、作った人の狙いも合わせて理解すると良い。そして、教える側もマニュアルを渡して終わるのではなく、狙いも伝える事を意識して教育すると、マニュアルを作った甲斐もあるのでは無いだろうか?マニュアル人間と言う場合、教わる側の理解不足もあるが、教える側の啓蒙不足もあるように思う。両面から抑えておきたい。

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