2017年11月28日火曜日

大祓祝詞(中臣祓詞)






水色が本文、以下に自分の解釈を書く。


1、高天原に神留り坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以て 八百萬神等を神集へに集へ賜ひ 神議りに議り賜ひて 我が皇御孫命は 豊葦原瑞穂國を 安國と平らけく知ろし食せと 事依さし奉りき

高天原におられます親神様、神漏岐、神漏美の命が八百万の神達を集めた。そして話し合いをなされた結果、我らの皇御孫命様が、豊葦原瑞穂國を平和で豊かな国にしてきなさいと仰せつかった。


【解釈】

自分は神漏岐、神漏美を太陽、八百万の神は自然とイメージしている。つまり、自分が太陽の光を浴び、目に見える景色に囲まれた姿が、ここで言う話し合いだと思っている。皇御孫命は天皇陛下の事だが、イメージとしては自分の事でも、日本人全体でも良いように思う。日本民族は天照大神の子孫であるから、勿論筆頭は天皇陛下であるが、自分や日本人全体を皇御孫命として祝詞を読んでも良いだろう。

豊葦原瑞穂國は葦が生い茂る豊かな国という意味で、日本国を言っている。日本国を平和で豊かにするのは日本人の責務であるのだから、皇御孫命を自分や日本人全体と解釈するとその姿が美しいように思うのだ。世のため人のために生きると、日本人ひとりひとりが日々この祝詞で確認する様はご先祖様が望んだ姿だと思う。




2、此く依さし奉りし國中に 荒振る神等をば 神問はしに問はし賜ひ 神掃ひに掃ひ賜ひて 語問ひし 磐根 樹根立 草の片葉をも語止めて

平和で豊かな国にしてきなさいと言われたものの、それを好ましく思わない神達が荒ぶっていたので、場合によっては説得し、場合によっては取り除くこととなった。その結果、それまで不平不満を口にしていた岩や樹木、草や葉に至るまで言葉を話すのを止めた。


【解説】

そのまま解釈すれば、皇御孫命が日本を平和で豊かにする事を仰せつかったのを不満に思った神々が反抗したので、説得したり、場合によっては討伐してねじ伏せたという話だろう。その結果、言葉を話していた岩や樹木、草や葉までもがピタリと話す事を止めたと。

ただ、自分は荒ぶる神は台風をイメージしている。そこを祝詞を奏上する事によって、自然の怒りを沈めたと。台風が過ぎ去り、自然に穏やかさが戻った状態が、岩や樹木が言葉を話す事を止めたと状態だと思うとしっくりくる。




3、天の磐座放ち 天の八重雲を 伊頭の千別きに千別きて 天降し依さし奉りき 此く依さし奉りし四方の國中と 大倭日高見國を安國と定め奉りて 下つ磐根に宮柱太敷き立て 高天原に千木高知りて 皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて 天の御蔭 日の御蔭と隠り坐して

空を覆っていたぶ厚い雲がちりじりになり、皇御孫命が天より降りてきた。その地、大倭日高見國を平和で豊かな国にすると決め、まずは岩盤を基礎とし太く立派な柱の御殿を建てられ、そこに住まわれた。御殿の周りにある木々も天にまで届くかのような壮大さであった。


【解説】

最初の「天の磐座放ち 天の八重雲を 伊頭の千別きに千別きて 天降し依さし奉りき」は、晴れた日に空を見て欲しい。雲もあれば、光の差し込む姿も見れるはず。調度この状態を言っていると自分はイメージしている。極ありふれた日常の光景だが、空をみれば日雲の合間から光が差し込んでいる姿は、情景を思い浮かべるにピッタリではないかと思う。

「此く依さし奉りし四方の國中と 大倭日高見國を安國と定め奉りて」と続くが、これは自分の住んでいる場所をイメージすれば良いかと思う。見上げれば太陽があり、自分の住んでいる場所を見守るように光が降り注ぐというイメージだ。

「下つ磐根に宮柱太敷き立て」は、例えば家を建てる時、どんな家でも基礎があるだろう。その基礎の上に柱を建てるはずだ。それを言ってるだけだ。また、日本には昔から国誉めといって、天皇陛下が国を褒める風習があるが、それが調度「高天原に千木高知りて」だろう。木々に対して、何と壮大なんだと褒めてるわけだ。自分は身の回りにある木を褒めるような意識を持っている。

どんな神社であれ、どんな家であれ、岩盤の上に柱を建てるのに変わりはないし、周りに木々があるのも普通の事だ。それを御殿と例えて、日差しの日陰としましたと言ってると自分は想像している。自分の回りにあるものを賛美するという意識で、この部位を読むとしっくりくる。

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