2017年11月16日木曜日

孫子の兵法 九地編その8

8、始めは処女の如く、後は脱兎の如く

孫子曰く。「故に兵をなすの事は、敵の意に順詳し、敵を一向に併せて、千里に将を殺すにあり。これを巧みによく事を成すと謂うなり。

この故に政挙がるるの日、関を夷め符を折りて、その使を通ずることなく、廊廟の上に厲まし、以ってその事を誅む。敵人開闔すれば必ず亟やかにこれに入り、その愛する所を先にして微かにこれと期し、践墨して敵に随い、以って戦事を決す。この故に始めは処女の如くにして、敵人、戸を開き、後には脱兎の如くして、敵、拒ぐに及ばず。」



【解説】

孫子曰く。「そして、兵を動かす時は、敵の意にはまったふりをし(順詳)、敵のひたすら(一向)思い通りにしてやる(併)。油断を誘いながら千里先の敵将を殺すのである。これを巧妙な戦い方と言う。

開戦の日には(政挙)、関所を閉(夷)め通行許可証(符)を無効にし(折)、敵の使者を通す事をやめ、廊堂(廊廟)にて厳格に(厲)、敵の討伐に関する取り決めをする(誅)。敵が関所を開くなら(開闔)必ず速(亟)かに侵入し、敵の重要(愛)な拠点を先ず抑えるために密(微)かに狙いを定め(期)、墨縄を踏(践)むように敵に従ったふりをしながら(随)、勝敗(戦事)を決するのである。

初めは処女のように振る舞い、油断した敵が戸を開いたなら、脱兎のごとき素早さで攻め入ると、敵は防ぐことは出来ない。」






結論を言えば、敵を油断させた処を攻撃すると良いという話を孫子がしている。だから、油断させるために処女のような振る舞いをし、チャンスが来たら脱兎のごとき素早さで攻撃すると。身近な例と言えば、忠臣蔵のエピソードなどは典型例かも知れない。赤穂浪士は村人に馬鹿にされながらも、一切情報を漏らさずに決起の時を待つ。そして、決起するならば、脱兎のごとく吉良上野介を討った。

他には例えば、詐欺師を考えて見よう。詐欺ってのも頭を使うものらしい。何せいきなり詐欺の話をしても、誰も引っ掛からない。だから、詐欺師は最初の3分の2くらいは本当の話をするのを知っているだろうか?彼らはそうやって相手の信用を勝ちとり油断を誘い、油断をした処を見計らって詐欺に移るのである。TVで詐欺師の回りの人に、何故気づかなかったんですか?と聞くと、あの人が詐欺師には見えなかったと言ったりする。孤独な老人を世話する良い人が、実は腕の良い詐欺師だったりするのだ。これが処女を装うというイメージとなる。

人を見たら盗人と思えと言う言葉があるが、孫子はこれを裏から捉え、処女のように振る舞い敵を油断させろと言っている。では、以下解説する。



その1、やられたふりをする。

敵を倒したいならば無防備を突くのが良いのは言うまでもないが、現実には難しい問題となる。何せ相手は百戦錬磨の将軍である。こちらが嘘をつく事などお見通しだ。だが、そんな百戦錬磨の将軍も嘘のつき方によっては、つい油断する時がある。例えば、自軍が勝勢のときに、敗勢である敵の将軍が秘密裡に降伏してきて、身の保証と引き換えに財宝を贈って来た場合だ。ここまでされては油断するなと言う方が難しいと思わないか?

これは中国の古代史に歴然と輝く名将、田単の嘘である。流石と言えよう。通常では無防備になりえない敵を無防備にするのだから、智恵を絞らねばならない。智恵を絞られたしと孫子が言っている。



その2、あまりにも思った通りだと危ない。

恋人同士の会話でも、幸せすぎて怖いというセリフがあるだろう。いつか悪い事が起きるなんて甘い話もあるが、勝負事では実際に怖いという話をしよう。

あまりにも思った通りに事が運ぶと危ない。順調な時ほど慎重になったほうが良く、大抵は読み抜けがある。考えてもみて欲しい。敵は此方の嫌がる事をするはずなのに、自分が思った通りになっている。普通は狙いを外してきて、その都度、作戦を修正するのにその必要が無い。具体的にどこと言えないが、感覚的には気持ち悪くなる。大概こういう時は罠にはまっているものだ。それは何故か?

敵の思った通りにやらせて隙を窺うのが戦巧者だと、孫子が言ってるでは無いか。勝ったと、勝てそうは全く違うのである。



その3、情報戦

孫子は「敵人開闔すれば必ず亟やかにこれに入り」と言っているが、実際問題、何もせずに敵が関所の門を開く訳もなく、もし開いたなら謀を疑わねばならない。敵の関所の門が開くとすれば、兵の力で無理やり開いたか、情報戦の勝利を意味しよう。そこで情報戦に焦点をあてて考えて見たい。

戦争が始まったら、先ずは此方の情報を相手に与えないように情報を統制する。関所を閉め、通行許可証を無効にし、敵国の使いの往来を禁止する。廊堂とは聞きなれない言葉だが、政治を行う場所の事だ。そこで作戦会議をし、役割と責任を決たりする。要するに戦争に入る手順を説明している。こうして戦争準備が整っていくわけだが、特に重要なのは情報を外国に漏らさないようにする点である。

関所が通れなくなったのだから、敵国も異常事態にすぐ気付く。では、敵が戦争だと勘づいたとして、次は何をするだろうか?勿論、情報を集めたいと思うに違いない。誰が指揮をとり、兵の数はどれくらいで、新しい兵器はあるのか等詳細に戦争の情報を集めたいはず。そうなると、スパイを送ってくるか、予め潜入させておいたスパイから情報を得るのが自然である。

そこで、敵に嘘の情報を意図的に流すわけだ。ただ、敵に嘘を流すにも、あまりにも嘘すぎてはスパイが信じてくれない。だから、半分以上は本当の事で構成された情報を流す。本当の事をスパイは最も知りたいのだから、スパイの意に沿ってあげるために、本当のような嘘をつくのである。

とは言え、スパイから得た情報と此方の動きが一致しているかも、敵はチェックしている。だから、スパイに与えた情報どおりに、此方も動く必要がある。だから、与えた情報どおりに動き、敵を安心させて油断を誘うのである。しかし、あくまでも勝敗を決するタイミングを計っているだけと言うのが、孫子の言わんとしている「始めは処女のごとく、後は脱兎のごとく」のイメージとなる。



さて、仕事で考えて見よう。沈黙は金、雄弁は銀という言葉があるが、自分の意思を表示する事は良い事では無い。欧米流の考えが浸透するにしたがって、意見を言う人が尊ばれるようになる風潮だろうが、それでも勘違いしてはいけない。意見を言う人の主語が抜けているだろう?この場合の主語は自分では無く、上司である。どんな時代も自分の意見を言わぬ者こそが、やはり出世するのである。

YESマンは褒め言葉では無いが、逆に言えば、それだけYESマンは出世する。それだけYESマンは好かれる。日々YESマンに徹し、チャンスが来た時に飛べるように実力を磨くと良い。処女のごとく、脱兎のごとくである。遠くへ行く者は敵を作るなと言われる。努々注意するように。



---- 以下、余談 ----

1、開闔は開いて閉じるという意味で、通常は関所が開いて閉じる事を言うが、何故開いて閉じるかと言えば、偽情報に敵が油断するからであろう。開闔はスパイを表す隠語とも解釈できる。

2、「愛する所を先に」はスパイの欲する情報を先ず与えると解釈もできる。

3、践墨は、墨を踏む書いてあるが、墨縄の事だろう。縄に墨をつけて踏むと後が残る。それを目印に大工さんが木を加工したりする。それが転じて、践墨は規則とか決まりという意味合いを持つようになった。つまり、スパイに渡した情報どおり、もしくは約束どおりに動く事とも解釈できる。


0 件のコメント:

コメントを投稿