2017年11月24日金曜日

孫子の兵法 用間編その2

2、五種類の間者

孫子曰く。「故に間を用うるに五あり。郷間あり、内間あり、反間あり、死間あり、生間あり。五間倶に起こりて、その道を知ることなし。これを神紀と謂う。人君の宝なり。郷間とは、その郷人に因りてこれを用うるなり。内間とは、その官人に因りてこれを用うるなり。反間とは、その敵の間に因りてこれを用うるなり。死間とは、誑事を外になし、吾が間をしてこれを知らしめて、敵に伝うるの間なり。生間とは、反り報ずるなり。」



【解説】

(間者を通じて情報を得るとして)

孫子曰く。「故に間者の用い方となるが、これは5つある。すなわち、郷間、内間、反間、死間、生間である。この5つの間者を駆使し(起)、その形跡(道)を知られないとすれば、神業(神紀)と言うべきものであり、君主の宝とすべきことだ。

郷間は、敵の郷の人間を間者として用いる方法となる。内間は、敵の内部事情に通じた役人(官)を間者として用いる方法となる。反間は、敵から送り込まれた間者を、逆にこちらの間者として利用する方法となる。死間は、敵を欺く工作(誑事)を外にあらわにした後、その偽情報を敵方に伝える役目をになう死ぬ可能性の高い間者となる。生間は、敵国から生還して戻り(反)、敵方の情報を報告する間者となる。」






前回、孫子は常勝の将の常勝たる所以は、スパイの活用にこそあるという話をしていた。そこで、今回は具体的にどのようなスパイの用い方があるのかという、スパイの種類に話が進んでいる。孫子が言うには、スパイと一言に言っても5種類あるのだそうだ。5種類のスパイを変化自在に使いこなし、その一切の形跡すら残さない事に理想の姿があり、君主ならば是が非でも身につけたいスキルと孫子は説く。では、それぞれ見て行こう。



その1、郷間(きょうかん)

郷と言う字の示すとおり、敵の郷(さと)の者をスパイとして用いるという意味となる。人の噂に戸は立たぬもので、例えば、誰と誰が仲が良いとか、誰と誰が喧嘩したという話はみんな好きなものである。そういう井戸端会議の情報も馬鹿にならないもので、敵国の内情のおおよその検討がついてくる。

町の人間に活気があるならば、まずは活気を落とさない事には攻めづらいし、逆に不満で溢れているならば、その不満にお金と武器を用意してあげれば革命運動を誘発できる可能性が高い。スパイとして活用される者に、スパイとしての自覚があるかどうかはその時々だが、敵国住民にスパイを作っておく事は無駄にはならない。現地工作のとっかかりとしても活用できるからだ。

日本も北朝鮮の日本工作員が2万人とも、3万人とも言われているが、彼らが郷間のいい例では無いだろうか?彼らは日本に入ってきて3世代目であるため、すでに朝鮮の言葉は話せないし、生まれも育ちも日本人であるが、常にスパイとして性質を持ち合わせている。北朝鮮を危険にさらさないよう、素性を隠しながら諜報活動しているのである。

このように郷間はとても大切な役目を担うのだが、実際に敵国の内情を知るには物足りない部分もある。所詮、普通の民間人であるから、政権中枢に近い情報は知る由もない。例えば、君主と将軍の仲が悪いと町の噂になっていても、それが本当かどうかという問題がある。噂話ほどあてにならないものも無いわけで、入院したという話が危篤で死にそうまで発展するのが井戸端会議である。そこで必要となってくるのが、内間である。




2、内間(ないかん)

内間とは、敵内部の事情に詳しい役人をスパイに仕立てる事を言い、例えば高級官僚などは典型的な内間となる。敵国の事情に最も詳しいのは、実務を行っている役人である。役人も、地方の役人から高級官僚までレベルがあるわけだが、彼らをスパイにできれば敵国がどう動くのかも分かる。何せ、彼らが実際に国を動かしているのだ。

高級官僚ともなれば君主の近くで実務をこなしている。当然、将軍と君主の仲も分かる。郷間から仕入れた町の噂の真偽が、内間を使うことで確証が得られるのである。もし、噂通り仲が悪いなら、その高級官僚にお金を渡して、君主と将軍の仲を割いてしまうのは歴史でも良く見られる工作である。

例えば、秦の始皇帝を見て見よう。彼はこの手の工作に長けていたようで、秦を散々苦しめた趙の李牧という名将を戦場では無く、謀略によって葬っている。その頃、趙王には郭開という大変可愛がっている寵臣がいた。そこで秦は郭開に大量に賄賂を渡し、趙王に李牧が謀反を企てていると嘘をつかせたのだ。それを間にうけた趙王は、希代の名将である李牧を誅殺してしまう。その3か月後に秦が趙に攻め入り、趙が亡ぶのである。内間の典型的な成功例となろう。

さて、このように内間はスパイ中のスパイであり、高級官僚ともなれば最も大切なスパイともなる。情報の信頼性が高いからだ。だが、その情報の信頼性を逆手にとって、偽の情報を流したらどうなるか?これが死間となる。





その3、死間(しかん)

死間とは、その名の示す通り、死ぬ事が前提のスパイとなる。何故死ぬのかと言うと、相手に偽の情報を流す役目を担うからである。本人がそう自覚して流す場合と、自覚してないで利用される場合のどちらもあるが、敵から見たら賄賂を受け取った挙句、騙されたわけだ。死間は言わば詐欺そのものであるから、敵の恨みを買い、一生狙われる事になるだろう。

戦争は国レベルで行う行為だが、その終わりは国レベルと個人レベルに分かれる。国は終戦したけれど、俺の戦争はまだ終わっていないという感情がある者もでてくるのだ。例えば、スナイパーだ。腕の良いスナイパーは恨まれやすく、終戦後に個人的に殺される事がある。国は負けたが、俺の上官を殺したアイツだけは許さない。そうして終戦後も狙われるのである。退役した軍人を、国が四六時中守る事は無理である。だから、戦後になっても付け狙われる彼らを守りきるのは難しく、戦争に勝ったはずが当人は殺されてしまうのである。死間はスナイパーと同じ状況となろう。

死間は使い捨てになるわけだが、それでも国から見れば大切なスパイとなる。例えば、陽動作戦をする時など、どうしても敵の目をそらすために偽の情報を流す必要がでてくる。その時は情報の信頼されている人間から流すのよく、逆に信用性の薄い所から流しても敵も信用してくれない。だから、スパイ通しの付き合いの中で、敵に信頼されたスパイから敵のスパイへ偽情報を流すのである。よって恨みも買いやすく、死間は死にやすいのだ。

死間が成功すれば、偽情報とは知らずに敵のスパイが上に報告するだろう。これは見ようによっては、敵方のスパイを上手く利用したとも言える。敵方のスパイを逆用して、陽動作戦を成功させるのだから。そして、これを反間と言う。



(次回に続く)



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