人生は必要な事しか起きないという話がある。その説の中では良い事も、悪い事も、果ては病気や死さえも必要だからこそ起きると言う。これは中村天風がカリアッパに師事している時、教わった事だそうだ。ある時、カリアッパが断崖をロバに乗りながらわたっていた。その道はロバが振り向けば下に落ちて死んでしまう細さだったので、中村天風はカリアッパを止めたのだとか。それはそうだと思う。目の前で師匠が死ぬのを見たい弟子はいない。だが、カリアッパは天風に言うのだ。何故、道を渡るのを止める必要があるのか?と。
普通の感覚なら、師匠そんな道を渡ってたら死んでしまいますよと言う場面だ。本気かと思うはず。断崖の細い道をロバに乗ってわたるのだ。ただでさえ危ないのに、さらにロバだって人間の言う通りに動くとは限らない。ロバが途中で何か他の動物に脅かされ、気が動転して転落してしまっても可笑しくはない。それなのに、カリアッパ師は言う。何故、渡るのを止める必要があるのか?と。
カリアッパ師に言わせれば、崖から落ちて死ぬとしても、それが自分の人生に必要だから起きたと言いたいのだろう。カリアッパ師を無謀と捉えるかどうかはさておき、この考え方にはとても重要な教えがある。
自分が生きている上で起きる事は、すべて自分に必要だからこそ起きている。人間は自分が置かれた状況が悪くなると、何故自分だけこんな不幸な目にあうんだとネガティブにとらえやすい。だが、自分が置かれた状況を悩んでも、状況は変わってはくれない。なら、この状況は自分に必要だからこそ起きていると前向きに捉えたほうが得というものだ。例えば、中村天風は病気だからといって、心まで病ませてはいけないと教えを説いてるが、病気であれ自分に必要だからこそ起きた。そういう積極的な思考をできるようになると、運も向いてくるのでは無いだろうか?何で自分はこんな事になったと悩むなら、人生は必要な事しか起きないという話を思い出してほしい。この意味が分かると、恐らく人間として成長できるはず。要は考え方一つ。圧倒的なプラス思考の前に、運命の女神も近寄ってくる。
---- 以下、余談 ----
斎藤一人の談話をネットで聞いて書いてみた。
普通の感覚なら、師匠そんな道を渡ってたら死んでしまいますよと言う場面だ。本気かと思うはず。断崖の細い道をロバに乗ってわたるのだ。ただでさえ危ないのに、さらにロバだって人間の言う通りに動くとは限らない。ロバが途中で何か他の動物に脅かされ、気が動転して転落してしまっても可笑しくはない。それなのに、カリアッパ師は言う。何故、渡るのを止める必要があるのか?と。
カリアッパ師に言わせれば、崖から落ちて死ぬとしても、それが自分の人生に必要だから起きたと言いたいのだろう。カリアッパ師を無謀と捉えるかどうかはさておき、この考え方にはとても重要な教えがある。
自分が生きている上で起きる事は、すべて自分に必要だからこそ起きている。人間は自分が置かれた状況が悪くなると、何故自分だけこんな不幸な目にあうんだとネガティブにとらえやすい。だが、自分が置かれた状況を悩んでも、状況は変わってはくれない。なら、この状況は自分に必要だからこそ起きていると前向きに捉えたほうが得というものだ。例えば、中村天風は病気だからといって、心まで病ませてはいけないと教えを説いてるが、病気であれ自分に必要だからこそ起きた。そういう積極的な思考をできるようになると、運も向いてくるのでは無いだろうか?何で自分はこんな事になったと悩むなら、人生は必要な事しか起きないという話を思い出してほしい。この意味が分かると、恐らく人間として成長できるはず。要は考え方一つ。圧倒的なプラス思考の前に、運命の女神も近寄ってくる。
---- 以下、余談 ----
斎藤一人の談話をネットで聞いて書いてみた。
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