2016年5月17日火曜日

神はいるのか?

フランスの数学者パスカルによれば、神がいるかは分からないが、いると思ったほうが世界が喜びに満ち、いないとなれば世界が悲惨なものになるとか。なるほど、いるかいないかより、自分がどう考えるかが大切だ。

いるか、いないかで問題になるのは、神がいないと思っていたのに存在した場合だ。本当にいない時は、いると思っても、いないと思っても変わり無い。本当にいた場合に、いないと思ってたら困る事になる。神の機嫌を損ねそうだし、何より信心深い者を神は優遇するわけだから。そう考えると、神はいるのか、いないのか?それは分からないが、いるとして行動しておけば全パターンで困らないのは確かなので、神はいるというのはどうだろう?

神は自分の心の中に作り出すものという話がある。神がいると信じている者の心には、確かに神が存在し、神がいないと信じてる者の心には神は住まない。何か大きな勝負をする時とか、自分一人では抱えきれないプレッシャーを感じる時、それを神が和らげてくれるとしたら、心に神を住まわせたほうが得かも知れない。神は自己コントロールの一つの方法として捉えても良いだろう。信じる者には確かに神は存在する。ただ、各々違う神が。

神がいるかどうかはさておき、この世界には人知の及ばない事はある。それを神の仕業として、定義しても良いだろう。人間、不遜がいけない。何でもできると思いあがる前に、自分は神に生かされてると考えれば、不遜が謙遜になると言うものだ。謙遜して生きるためにも、神を信じてはどうか。

と、色々書いてみたが、結論として神はいたほうが良いとなりそうだ。自分的にも、パスカルが言うように、いると考える事にこそ意義があるとしておく。





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