2、軍は高きを好みて下きを悪む
孫子曰く。「およそ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴びて陰を賎しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なし。是れを必勝と謂う。丘陵堤防には必ず其の陽に処りてこれを右背にす。これ兵の利、地の助けなり。上に雨ふりて水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。」
【解説】
孫子曰く。「およそ軍は高い場所に布陣するのが好ましく、低い場所での布陣は避けたほうが良い(悪)。日向に布陣するが良く(貴)、日陰での布陣は避けたほうが良い(賎)。これは兵の健康状態(生)への配慮(養)であり、軍が百の病(百疾)から守られるだろう。こうして必勝の態勢が作られる。
丘陵や堤防に布陣する場合、必ず太陽を意識し、東南の地(右背)にするのが望ましい。これは有利な作戦行動(兵の利)のためであり、地の助けを得られるためだ。川上で雨が降り水嵩が増し、水の勢いで水泡がでているならば、河を渡る(渉)のはそれが治まる(定)のを待った方が良い。」
軍の布陣に際しての、具体的な注意点を解説している。要点は単純な話だ。
画像を見れば、洪水は治まってから進軍する事が良いのは一目瞭然だろう。敵と戦う前に、水害によって兵を損なうべきでは無いという話だ。水泡という表現も画像で確認して欲しい。
仕事で考えて見よう。今回は歴史に学べという話を紹介したい。何故、昔から歴史に学べと言うのか?それは人は忘れやすいからであり、歴史の教訓を活かせない人が多いからであろう。その点、孫子はしっかり歴史の教訓を活かしているとも言えないだろうか?
何故、高い場所の日向に布陣するのが良いか?それは過去の失敗を知っているからだ。思いつきで書いているのではない。彼は過去の歴史の教訓を兵法書としてまとめたに過ぎない。そこには、歴史から学ぶという確固たる信念を感じ取れよう。人は間違いを犯す動物である。一度の間違いは致し方ないだろう。だが、二度同じ間違いをすれば、もうチャンスは回ってこないもの。努々、注意して欲しい。
なお、歴史から学ぶ上で大切なのは良く調べる事、そして、大いに反省する事である。特に注意を要するのは、年を取るほど素直さが薄れ、失敗を言い訳で取り繕うになっていく傾向だ。そういう人が陥りやすい落とし穴も予め把握し、素直さが身を助ける事を再確認したい。故・中村天風氏などは、鏡を用意し、鏡に映った自分に向けて反省していたという逸話も残っている。
----- 以下、余談 ----
孫子の文章を解釈する上で、良く分からなかった部分を書いておく。
1、生を養いて実に処り
自分は、生を兵の健康状態、養を良好に保つ事と解釈しておいたが、実の解釈で困った。自分の解説では、実は実効性のある防御策という意味で作られている。だが、他の説もあり、実を食べ物や水として解釈する人もいるようだ。どちらでも本質は変わらないが、参考までに紹介しておく。
2、丘陵堤防には必ず其の陽に処りてこれを右背にす
丘陵と堤防を右背に置けと言っているのか、丘陵や堤防に布陣すると言っているのかを迷った。自分は布陣するとして解説したが、右背後に置けとしても良いだろう。大切な事は日向である事と、相手より高い場所に布陣する事なのだから、どう解釈しても本質的問題とはならない。
右背という表現も意味を掴み兼ねるが、孫子は日向を気にしている事から、東南という事なのだろう。日は東から登り、西へ沈む。もしかしたら午前中に戦う場合は、日光が敵への目くらましになるのかも知れないと思ったりする。孫子は気力の充実している午前中は戦うのを避け、気力の下がる午後に攻めよと言っていたはずだが、敵から攻められるのは午前中が多いのかも知れない。
孫子曰く。「およそ軍は高きを好みて下きを悪み、陽を貴びて陰を賎しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なし。是れを必勝と謂う。丘陵堤防には必ず其の陽に処りてこれを右背にす。これ兵の利、地の助けなり。上に雨ふりて水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。」
【解説】
孫子曰く。「およそ軍は高い場所に布陣するのが好ましく、低い場所での布陣は避けたほうが良い(悪)。日向に布陣するが良く(貴)、日陰での布陣は避けたほうが良い(賎)。これは兵の健康状態(生)への配慮(養)であり、軍が百の病(百疾)から守られるだろう。こうして必勝の態勢が作られる。
丘陵や堤防に布陣する場合、必ず太陽を意識し、東南の地(右背)にするのが望ましい。これは有利な作戦行動(兵の利)のためであり、地の助けを得られるためだ。川上で雨が降り水嵩が増し、水の勢いで水泡がでているならば、河を渡る(渉)のはそれが治まる(定)のを待った方が良い。」
軍の布陣に際しての、具体的な注意点を解説している。要点は単純な話だ。
- 高い場所 > 低い場所
- 日向 > 日陰
- 洪水は洪水が治まってから進軍
高い場所が低い場所より好ましく、日向は日陰より良い。後は組み合わせで、優先順位を決めろという話となる。例えば、高い場所でも、日向と日陰があるだろう。日向と一言に言っても、高い場所もあれば低い場所もあるわけだ。この四通りの中で考えた時、高い場所で日向が最も良いという訳だ。丘陵や堤防に布陣する時も、この考え方に当てはめて考えれば、太陽の動きを意識し、日向を確保するように努めろと孫子が言っているのも納得がいくだろう。
そして、机上では想像しづらいのだが、戦争では敵だけが味方の兵を殺すわけではない。兵が病で死んだりだりと、戦う前に戦線離脱せざる得ない事がある。これは非常に深刻な問題となる。例えば、行軍で湿地を通らせたら、戦地に辿りついた兵の足が壊疽し戦えなかったとか、戦争がペスト菌によって断念されたとか、世界史ではままある事だ。このように、将たる者は兵の健康管理を抜きにして戦争はできないのである。だから、孫子は兵のケアをしっかりしなさいと、わざわざ日向にこだわって説明していると理解すれば良いかと思う。
画像を見れば、洪水は治まってから進軍する事が良いのは一目瞭然だろう。敵と戦う前に、水害によって兵を損なうべきでは無いという話だ。水泡という表現も画像で確認して欲しい。
仕事で考えて見よう。今回は歴史に学べという話を紹介したい。何故、昔から歴史に学べと言うのか?それは人は忘れやすいからであり、歴史の教訓を活かせない人が多いからであろう。その点、孫子はしっかり歴史の教訓を活かしているとも言えないだろうか?
何故、高い場所の日向に布陣するのが良いか?それは過去の失敗を知っているからだ。思いつきで書いているのではない。彼は過去の歴史の教訓を兵法書としてまとめたに過ぎない。そこには、歴史から学ぶという確固たる信念を感じ取れよう。人は間違いを犯す動物である。一度の間違いは致し方ないだろう。だが、二度同じ間違いをすれば、もうチャンスは回ってこないもの。努々、注意して欲しい。
なお、歴史から学ぶ上で大切なのは良く調べる事、そして、大いに反省する事である。特に注意を要するのは、年を取るほど素直さが薄れ、失敗を言い訳で取り繕うになっていく傾向だ。そういう人が陥りやすい落とし穴も予め把握し、素直さが身を助ける事を再確認したい。故・中村天風氏などは、鏡を用意し、鏡に映った自分に向けて反省していたという逸話も残っている。
----- 以下、余談 ----
孫子の文章を解釈する上で、良く分からなかった部分を書いておく。
1、生を養いて実に処り
自分は、生を兵の健康状態、養を良好に保つ事と解釈しておいたが、実の解釈で困った。自分の解説では、実は実効性のある防御策という意味で作られている。だが、他の説もあり、実を食べ物や水として解釈する人もいるようだ。どちらでも本質は変わらないが、参考までに紹介しておく。
2、丘陵堤防には必ず其の陽に処りてこれを右背にす
丘陵と堤防を右背に置けと言っているのか、丘陵や堤防に布陣すると言っているのかを迷った。自分は布陣するとして解説したが、右背後に置けとしても良いだろう。大切な事は日向である事と、相手より高い場所に布陣する事なのだから、どう解釈しても本質的問題とはならない。
右背という表現も意味を掴み兼ねるが、孫子は日向を気にしている事から、東南という事なのだろう。日は東から登り、西へ沈む。もしかしたら午前中に戦う場合は、日光が敵への目くらましになるのかも知れないと思ったりする。孫子は気力の充実している午前中は戦うのを避け、気力の下がる午後に攻めよと言っていたはずだが、敵から攻められるのは午前中が多いのかも知れない。
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