2017年10月16日月曜日

孫子の兵法 軍争編その7

7、窮寇には迫ることなかれ

孫子曰く。「故に兵を用いるの法は、高陵には向かうことなかれ、丘を背にするには逆うことなかれ、佯り北ぐるには従うことなかれ、鋭卒には攻むることなかれ、餌兵には食らうことなかれ、帰師には遏むることなかれ、囲師には必ず闕き、窮寇には迫ることなかれ。これ兵を用うるの法なり。」



【解説】

孫子曰く。「故に用兵に際しては、高い丘(高陵)に陣をはった敵に向かってはならない。丘を背に攻めてくる敵に逆らってはいけない。偽(佯)り逃(北)げる敵に従ってはならない。戦意旺盛な敵(鋭卒)を攻めてはいけない。囮(餌兵)を食らってはいけない。撤退する敵(帰師)を止(遏)めてはいけない。敵を囲う時は必ず逃げ道を用意(闕)し、追い詰められた敵(窮寇)に迫ってはいけない。これが用兵の基本である。」






軍争編その6では、攻めるタイミングについて言及していたが、今回はその逆だ。孫子は攻めてはいけないタイミングについても触れている。理解するポイントは2点あり、一つは如何にコストを減らすかという視点だ。戦争は終われば次の戦争が始まるだけである。永遠に続くのだから、今回の戦争に勝てば良いというだけでなく、次の戦争のためのコスト管理をしっかりしなけばならない。弱ってしまえば、そこを他の国に攻められるだけなのだ。

もう一つは、戦わずして勝つ事を最上とする孫子の兵法において、戦火を交える事は下策と考えられているという事だ。孫子は性格的に智恵によって勝つことを至上としている事を踏まえると良いだろう。以下、箇条書きで一つ一つ見て行く。



その1、高い丘に陣をはった敵に向かってはいけない。

高い丘にいる敵を攻めるには丘を登らねばならないが、登るのは体力を消耗しやすい。そして、高い所にいる敵は石や木など何か大きなものを転がすだけで攻撃できるし、弓などの飛び道具も撃ちやすい。柵などで足を止められたなら、自軍は弓の的となるだけだろう。反面、登る側は弓は届くか分からないし、登り切るまで有効な攻撃手段が無い。高い丘に陣をはった敵には、丘から降りてもらうのが上策なのである。



その2、丘を背にして攻めてくる敵に逆らってはならない。

丘を下ってくる敵と思えば良いのでは無いだろうか?丘を下ると、平地では出せない速度になる。そのスピードに乗った時に真っ向からぶつかっては分が悪いと言うもの。勢いがついた敵とは、勢いがなくなってから戦うのが良い。そのため、敵の真正面に立つのではなく、横に逃げるなり相手の勢いを殺すよう努めるのが自然であろう。勢いがつくイメージが分からない方は、坂道を自転車で走る事をイメージしてもらえればと思う。坂下のスピードの乗った地点で戦うより、止まってから戦ったほうが良いと言うイメージだ。



その3、偽り逃げる敵に従ってはならない。

相手が逃げると追いかけたくなるが、それが偽装の撤退かどうかしっかり見定めねばならないとの戒めとなる。もし偽装だったなら、敵が罠を仕掛けた場所まで追いかける事になり、罠にかかれば恐らく相当な被害を受ける。例えば、森林に敵が逃げた場合、そこには弓兵が潜んでいるかも知れないという事。もし、深く追いかけてしまったなら、無数の弓矢が飛んでくる中を撤退せざる得なくなる。



その4、戦意旺盛な敵と戦ってはいけない。

戦意旺盛な敵は、それだけ準備をしていると受け取れば良いかも知れない。戦争に向けて準備をしてきた敵と戦えば、例え勝てても被害が馬鹿にならない。敵の戦意が旺盛ならば、まずは敵の戦意を挫く事を考えるべきという事。準備している敵ならば、準備自体を全くの無駄としてしまうのが戦巧者と言うものだ。



その5、囮を食らってはいけない。

囮という事は、それ言葉自体が罠を意味するのだから、当然食らってはいけない。例えば、将軍を逃がすために配下の者が囮になる事がある。この場合、囮を食らっていては、大魚である将軍を逃す事になろう。何が囮で、何が大魚であるかを判断する目を養いたい。



その6、撤退する敵を止めてはいけない。

これは例えば、むやみに敵の命を奪っては人情味にかけると言った、孫子の優しさを感じるという解釈も見かけたが、孫子が倫理感を持ち出すとは思えない。撤退する敵の命は許すと言う部分だけを見るから、解釈を間違うのではなかろうか?

孫子が言うのは、恐らく単にコストの問題である。孫子は戦火を交える事は勝っても膨大なコストがかかるのだから、戦火を交える事を下策として捉えている。その孫子がわざわざ撤退する敵と2回戦と言うだろうか?敵が撤退するならば、新たに知恵で勝つ算段を始めるに違いない。戦争は単に勝てば良いのではない。如何にコストを掛けずに勝つかが問われているのである。



その7、敵を囲う時は必ず逃げ道を用意する。

敵の腹を決めさせてはいけない。敵が腹を決めて向かってきては、いらぬ損害をだすことになる。敵には常に逃げ道を用意し、戦うべきか、逃げるべきかを迷うように仕向けるのだ。人は迷いながら強く戦えないものである。強く戦えないのなら、それだけ損害も減ると言う話。そして、逃げ道に罠を仕掛けておくのが戦上手と言うものだ。



その8、追い詰められた敵に迫ってはいけない。

窮鼠、猫を嚙むの格言を言っている。鼠でさえ、追い詰められれば天敵である猫に嚙みつくもの。弱い者でさえ、死を感じれば異常な力を発揮する。相手を窮鼠たらしめるなと言う話となる。あるいは、コストという視点で考えても良い。コストを掛けずに勝には、敵の力を出させないようにするの大切だ。敵が力を出しやすいのが、追い詰められ選択肢が戦う一択になった時という理解でも良いだろう。



最後に、仕事で考えて見よう。何か新しい事をする時は、最初にどこで終わりにするかを決めて置くのも一つの手である。どうやったら達成できるかは、誰でも考える。だが、どうなったら見切りをつけて止めるかまでは気が回らない。孫子が予め攻撃してはならないポイントを定めているように、仕事でも将来の状況を予め想定し、止めるポイントも決めておくと良いかも知れない。

投資で言うと、勝っても負けても5%を基準として終わりにするというやり方がある。このやり方では、不確定な未来に期待してだらだら続けない。投資の失敗は損切が出来ない事による事が多い。ならば、予め資金を回収するタイミングを決めて置けば良いじゃないかという発想だ。プラスであっても、何時かは資金を回収しなければならない事を忘れてはいけない。ならば、回収してまた新たに考えれば良いのである。未来に想定外の事はたくさん起きるもの。例えば、リーマンショック、トランプ大統領の出現等、日本で予測出来ていた人がどれくらいいただろうか?未来を想定できると思うのは、ある種のおごりなのである。

もう一点、部下の怒り方にも触れておこう。部下も大人である。面子をしっかり保ってやらねば、立つ瀬がない。たまに、上司だからと、部下の逃げ道を全て潰してしまう輩がいるが、それでは部下に反感を抱かれるだけである。注意されたし。

楠正成などは、部下が失敗した時に、自分はお前がいい仕事をするのを知っていると言ったと言う。あの仕事をしたお前がどうした事か?と言って、部下を叱咤激励した逸話が残っている。参考までに。


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