2018年8月9日木曜日

学而 第一 3

【口語訳】

孔子先生がおっしゃられた。言葉巧みにおべっかを使い、愛想よくへつらう者に、思いやりの心(仁)は少ない。



【解説】

何故おべっかをつかうのか、その心を良く見てみると、確かに相手を喜ばそうという気持ちがないわけでは無いが、その本心は自分の立場を良くするためである。こう考えたほうが自然だし、おべっかにのせられて失態を演じないためにも実戦的だろう。これを逆に考えると、おべっかは見透かされてるぞ、との警告にもなる。こいつ何の下心があってと思われては不振を買いかねない。言う側、言われる側の両面で押さえたい。

また、念願の士官先のことを考えて見ると、おべっかが原因で他の役人に嫌われるかもしれない。士官先で上手くやるには、当然のように他の役人に嫌われてはならない。嫌われてしまえば、様々な嫌がらせを受け、動けなくなってしまう。とは言うものの、おべっか一つ使えないようでは、使えないと言われるのも世の中か?




【まとめ】

偉くなろうとするな。

立派になろうとするな。

人のお役に立つ人間であれば良い。

by 西田天香



これを偉いと言い、立派と言う。





-------  仏教の立場からの考察  ------

相手を褒めていても、下心は無いかも知れない。その理由を問われれば、慈悲あるのみと言えれば格好が良いのだろう。が、自分はまだその境地にはなく、単に癖としか言いようがない。



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