2017年10月16日月曜日

孫子の兵法 軍争編その7

7、窮寇には迫ることなかれ

孫子曰く。「故に兵を用いるの法は、高陵には向かうことなかれ、丘を背にするには逆うことなかれ、佯り北ぐるには従うことなかれ、鋭卒には攻むることなかれ、餌兵には食らうことなかれ、帰師には遏むることなかれ、囲師には必ず闕き、窮寇には迫ることなかれ。これ兵を用うるの法なり。」



【解説】

孫子曰く。「故に用兵に際しては、高い丘(高陵)に陣をはった敵に向かってはならない。丘を背に攻めてくる敵に逆らってはいけない。偽(佯)り逃(北)げる敵に従ってはならない。戦意旺盛な敵(鋭卒)を攻めてはいけない。囮(餌兵)を食らってはいけない。撤退する敵(帰師)を止(遏)めてはいけない。敵を囲う時は必ず逃げ道を用意(闕)し、追い詰められた敵(窮寇)に迫ってはいけない。これが用兵の基本である。」






軍争編その6では、攻めるタイミングについて言及していたが、今回はその逆だ。孫子は攻めてはいけないタイミングについても触れている。理解するポイントは2点あり、一つは如何にコストを減らすかという視点だ。戦争は終われば次の戦争が始まるだけである。永遠に続くのだから、今回の戦争に勝てば良いというだけでなく、次の戦争のためのコスト管理をしっかりしなけばならない。弱ってしまえば、そこを他の国に攻められるだけなのだ。

もう一つは、戦わずして勝つ事を最上とする孫子の兵法において、戦火を交える事は下策と考えられているという事だ。孫子は性格的に智恵によって勝つことを至上としている事を踏まえると良いだろう。以下、箇条書きで一つ一つ見て行く。



その1、高い丘に陣をはった敵に向かってはいけない。

高い丘にいる敵を攻めるには丘を登らねばならないが、登るのは体力を消耗しやすい。そして、高い所にいる敵は石や木など何か大きなものを転がすだけで攻撃できるし、弓などの飛び道具も撃ちやすい。柵などで足を止められたなら、自軍は弓の的となるだけだろう。反面、登る側は弓は届くか分からないし、登り切るまで有効な攻撃手段が無い。高い丘に陣をはった敵には、丘から降りてもらうのが上策なのである。



その2、丘を背にして攻めてくる敵に逆らってはならない。

丘を下ってくる敵と思えば良いのでは無いだろうか?丘を下ると、平地では出せない速度になる。そのスピードに乗った時に真っ向からぶつかっては分が悪いと言うもの。勢いがついた敵とは、勢いがなくなってから戦うのが良い。そのため、敵の真正面に立つのではなく、横に逃げるなり相手の勢いを殺すよう努めるのが自然であろう。勢いがつくイメージが分からない方は、坂道を自転車で走る事をイメージしてもらえればと思う。坂下のスピードの乗った地点で戦うより、止まってから戦ったほうが良いと言うイメージだ。



その3、偽り逃げる敵に従ってはならない。

相手が逃げると追いかけたくなるが、それが偽装の撤退かどうかしっかり見定めねばならないとの戒めとなる。もし偽装だったなら、敵が罠を仕掛けた場所まで追いかける事になり、罠にかかれば恐らく相当な被害を受ける。例えば、森林に敵が逃げた場合、そこには弓兵が潜んでいるかも知れないという事。もし、深く追いかけてしまったなら、無数の弓矢が飛んでくる中を撤退せざる得なくなる。



その4、戦意旺盛な敵と戦ってはいけない。

戦意旺盛な敵は、それだけ準備をしていると受け取れば良いかも知れない。戦争に向けて準備をしてきた敵と戦えば、例え勝てても被害が馬鹿にならない。敵の戦意が旺盛ならば、まずは敵の戦意を挫く事を考えるべきという事。準備している敵ならば、準備自体を全くの無駄としてしまうのが戦巧者と言うものだ。



その5、囮を食らってはいけない。

囮という事は、それ言葉自体が罠を意味するのだから、当然食らってはいけない。例えば、将軍を逃がすために配下の者が囮になる事がある。この場合、囮を食らっていては、大魚である将軍を逃す事になろう。何が囮で、何が大魚であるかを判断する目を養いたい。



その6、撤退する敵を止めてはいけない。

これは例えば、むやみに敵の命を奪っては人情味にかけると言った、孫子の優しさを感じるという解釈も見かけたが、孫子が倫理感を持ち出すとは思えない。撤退する敵の命は許すと言う部分だけを見るから、解釈を間違うのではなかろうか?

孫子が言うのは、恐らく単にコストの問題である。孫子は戦火を交える事は勝っても膨大なコストがかかるのだから、戦火を交える事を下策として捉えている。その孫子がわざわざ撤退する敵と2回戦と言うだろうか?敵が撤退するならば、新たに知恵で勝つ算段を始めるに違いない。戦争は単に勝てば良いのではない。如何にコストを掛けずに勝つかが問われているのである。



その7、敵を囲う時は必ず逃げ道を用意する。

敵の腹を決めさせてはいけない。敵が腹を決めて向かってきては、いらぬ損害をだすことになる。敵には常に逃げ道を用意し、戦うべきか、逃げるべきかを迷うように仕向けるのだ。人は迷いながら強く戦えないものである。強く戦えないのなら、それだけ損害も減ると言う話。そして、逃げ道に罠を仕掛けておくのが戦上手と言うものだ。



その8、追い詰められた敵に迫ってはいけない。

窮鼠、猫を嚙むの格言を言っている。鼠でさえ、追い詰められれば天敵である猫に嚙みつくもの。弱い者でさえ、死を感じれば異常な力を発揮する。相手を窮鼠たらしめるなと言う話となる。あるいは、コストという視点で考えても良い。コストを掛けずに勝には、敵の力を出させないようにするの大切だ。敵が力を出しやすいのが、追い詰められ選択肢が戦う一択になった時という理解でも良いだろう。



最後に、仕事で考えて見よう。何か新しい事をする時は、最初にどこで終わりにするかを決めて置くのも一つの手である。どうやったら達成できるかは、誰でも考える。だが、どうなったら見切りをつけて止めるかまでは気が回らない。孫子が予め攻撃してはならないポイントを定めているように、仕事でも将来の状況を予め想定し、止めるポイントも決めておくと良いかも知れない。

投資で言うと、勝っても負けても5%を基準として終わりにするというやり方がある。このやり方では、不確定な未来に期待してだらだら続けない。投資の失敗は損切が出来ない事による事が多い。ならば、予め資金を回収するタイミングを決めて置けば良いじゃないかという発想だ。プラスであっても、何時かは資金を回収しなければならない事を忘れてはいけない。ならば、回収してまた新たに考えれば良いのである。未来に想定外の事はたくさん起きるもの。例えば、リーマンショック、トランプ大統領の出現等、日本で予測出来ていた人がどれくらいいただろうか?未来を想定できると思うのは、ある種のおごりなのである。

もう一点、部下の怒り方にも触れておこう。部下も大人である。面子をしっかり保ってやらねば、立つ瀬がない。たまに、上司だからと、部下の逃げ道を全て潰してしまう輩がいるが、それでは部下に反感を抱かれるだけである。注意されたし。

楠正成などは、部下が失敗した時に、自分はお前がいい仕事をするのを知っていると言ったと言う。あの仕事をしたお前がどうした事か?と言って、部下を叱咤激励した逸話が残っている。参考までに。


2017年10月14日土曜日

孫子の兵法 軍争編その6

6、気、心、力、変

孫子曰く。「故に三軍は気を奪うべく、将軍は心を奪うべし。この故に朝の気は鋭、昼の気は惰、暮の気は帰。故に善く兵を用いる者は、その鋭気を避けてその惰帰を撃つ。この気を治むるものなり。治を以って乱を待ち、静を以って譁を待つ。これ心を治むるものなり。近きを以って遠きを待ち、佚を以って労を待ち、飽を以って饑を待つ。これ力を治むるものなり。正正の旗を邀うることなく、堂堂の陣を撃つことなし。これ変を治むるものなり。」



【解説】

孫子曰く。「三軍(上・中・下軍)の士気(気)を奪うために、敵将の心の隙を窺うべし。人の士気(気)は朝に鋭く、昼になれば惰れ、暮には尽(帰)きるものだ。故に戦上手は、士気の鋭い時間帯は避け、士気が低い時間帯(惰帰)をもって攻撃する。こうして敵の士気(気)を治めるのである。

万全の態勢(治)を以って敵の乱れを待ち、冷静に敵の心に隙ができる(譁)のを待つ。こうして心理戦を治めるのである。敵の遠征は引き付けて撃ち、敵が疲弊するまで待ち、敵が飢(饑)えるのを見計らう。こうして敵の力を治めるのだ。旗が正正としている軍と戦う事はなく、堂堂と布陣する軍を撃つ事はない。こうして負ける変化を治めるのである。」






結論を言えば、勝ち安きに勝つという話である。どの種の戦いを考えても、相手に全力を出させて良い事は無い。相手が持てる力を出せない時に、あっさり勝つのが勝負の鉄則である。そういう視点から、孫子の言っている事を読み返すと良い。

さて、説明に入ろう。まず考えて欲しい事がある。士気が高い軍と、士気が低い軍があったとして、どちらと戦うべきだろうか?少年漫画の世界では、士気の高い軍と正々堂々と戦うのが良いとされているが、リアルは全く逆である。士気が低い軍とこそ戦い、勝負は楽勝だったと言うのが理想である。士気が高い軍と戦っては粘り強いだろうし、その諦めなさに戦っていて嫌になるだけである。敵の士気が低い事の何と素晴らしい事か。

では、敵の士気が低いのが良いとして、どうしたら敵の士気を低く出来るだろうか?これが問題になるわけだが、孫子はこれを明快に説明している。孫子が言うには、朝昼晩で兵の士気は変わるそうだ。朝は士気が最も高い時間帯で、それが時間がたつにつれ低くなり、日が暮れる頃には士気は尽きる。ならば、士気が高いであろう朝から午前中にかけて戦うのは避け、士気が低くなる昼以降に戦うのが良かろうと言うのだ。

次は心理戦を考えて見るが、敵が冷静沈着で謙虚に構えてる時と、敵が慢心している時や、怒っている時に戦うのとどちらが良いか?勿論、後者が戦いやすい。ならば、敵の心が乱れ隙ができるのを待って戦うのが良いのは当然である。そして、遠征は疲れるのだから、敵には出来るだけ長い距離を遠征させるが良いし、敵の休息が十分では力を発揮されてしまうのだから、敵が疲れたのを見計らって戦うのが良い。食料も十分な時より、飢えている時が心理的な負担も加わり、疲労感が増す。敵の力を如何に制限して、能力を出させないようにするか?これが肝なのである。

こう考えて見れば、隊列が正正とした軍と戦うべきか?堂堂と布陣した軍と戦うべきか?答えは自ずと決まってくると孫子は言っているのである。勝負はやって見なければ分からない。勝つ変化もあれば、負ける変化もあろう。ならば、負ける変化に踏み込まないよう、細心の注意を払うのが名将と言えるのだ。

仕事で言えば、例えば、上司に怒られた時の対処方法を考えて見よう。仕事で怒られるのは致し方無い。上司は怒るのも仕事の内なわけだし、怒られない人もいないのだ。とは言え、時には納得がいかない事もあろう。絶対に自分が正しいはずなのに、上司が間違っているはずなのにと思う時はある。

だが、絶対に上司が怒ってる時に、部下側から反抗してはいけない。たまに反抗して、余計に怒られて上司の愚痴を言う輩がいるのだが、孫子の兵法からは全くなってないのだ。上司が怒ってるとは、言わば上司が刀を出しているという事だ。刀をだしている相手に戦いを挑む奴があるか。戦いを挑むなら刀を鞘に納めた時にすべきだろう。

上司が怒っている時は、ひとまず上司が正しいと素直に認める。それでも、どうしても納得がいかないなら、1週間くらい時間を置くと良い。1週間もすれば上司も怒りは収まっている。その時にあの時の件なんですがと、もう一度話をもっていくのだ。そうすれば、上司は今度は聞く耳を持ってくれる。流石に1週間ごしに同じ話をされたのだ。どうして部下はそんなにこだわるのかと考える。上司も聞く耳を持ってくれるだろう。孫子は相手が万全な態勢ならば、その態勢を避けよと繰り返し説いている。上司とのやり取りの中にも、そういった思考を取り入れると良いだろう。

2017年10月13日金曜日

孫子の兵法 軍争編その5

5、衆を用いるの法

孫子曰く。「軍政に曰く、言えども相聞えず、故に金鼓をつくる。視せども相見えず、故に旌旗をつくる、と。それ金鼓、旌旗は人の耳目を一にする所以なり。人すでに専一なれば、勇者も独り進むことを得ず、怯者も独り退くことを得ず。これ衆を用うるの法なり。故に夜戦に火鼓多く昼戦に旌旗多きは、人の耳目を変うる所以なり。」



【解説】

孫子曰く。「昔の兵法書(軍政)には、戦場では言葉が打ち消され聞こえないために、ドラ(金鼓)を作る。また、戦場ではお互いを視認する事も難しいため、軍旗(旌旗)を作るとある。その理由を考えるに、ドラ(金鼓)や軍旗(旌旗)によって軍全体の耳目が一つになるからであろう。軍全体の耳目が一つになるならば、勇者も独りで突撃する事もないし、怯える者も独り逃げる事はできない。これが大軍を動かす方法である。夜戦では火とドラ(金鼓)を多用し、昼戦では軍旗(旌旗)を多用するのは、軍全体の耳目をまとめる事を意識すればこそなのだ。」






中国の戦争は10万対10万の戦いなため、数万の軍勢を想定して欲しい。同じ軍の中でさえ、味方との距離は数百m、数kmと離れる事になる。この状況の中、遠く離れた味方に、どうしたら命令を伝達できるだろうか?こう問われて、大声を出すとか、身振り手振りで伝えると答える者はいまい。だから、昔の兵法書では、ドラをつかって大きな音をだしたり、大きな軍旗を作って目印にすると書いてあると孫子は説明している。

そして、ドラや軍旗により、指揮官の命令が離れた味方にまで伝わるなら、味方の勝手な行動を阻止する役目も担うようになると言う。命令が伝わらなければ、兵卒は何をして良いか分からない。戦場は命の失うかも知れないと言う極限の緊張感の中にあるのだ。その中、何をして良いかも分からず、ただ立っている事ができようか?憶病な者は逃げ出してしまうに違いない。

逆に功を焦る者もでてくる。戦場には皆報酬を目当てで来ている。位の高い者を倒した者ほど報酬も良いのだから、力に自信のある者は抜け駆けをしたくなる。しかし、こういった個人の勝手な行動は、軍の瓦解を意味する。そうなっては、勝てる戦も勝てぬのだから、ドラや軍旗によって命令の伝達をはっきりさせる事は、軍を瓦解させない意味でも大切なのである。こう考えて見れば、夜戦でかがり火や松明を多用しドラを鳴らす、昼戦で軍旗を掲げる理由も良く分かるのでは無いだろうか?孫子はこれを「耳目を一にする所以」と言っている。

銃火器が発達した今でこそ、10万の人間を集めるような戦いより、少数精鋭のプロフェッショナル集団が尊ばれるが、少し前までは人数こそ強さであった。今は集団をまとめると的が大きくなるため好ましくない。適当に撃っても当たってしまうようになるだけだ。今は人工衛星を目にし、人工衛星から得た情報をチームみんなが共有しながら戦う事ができるが、少し前までは一兵卒に全体の状況を把握する事は出来なかった。今は本国にいながら最前線のチームに直接命令できるが、少し前まではそれは夢のような話であった。

時代はこれからリモート・キリングと呼ばれる、AIを利用した戦争にまで発達を見せようとしている。オフィスにいながらスマホで暗殺用ロボットを動かし、相手を殺す時代になる。こういう劇的な時代変化により、孫子の時代のドラや軍旗の活用方法はそのままでは時代に合わなくなっている。だが、孫子がもたせたドラや軍旗の意義は大変参考になるはず。

命令を速やかに伝える事は、部下を何をしていいか分からない不安から解放する意味を持つ。目的がはっきりしないと、人はうまく動けないもの。だからこそ、上は速やかに状況を分析し、部下に何をして欲しいか伝えねばならない。即断即決とまでは言わないが、日々考えを巡らせ、無意識にも考えるように自分を修練する。そして、できる限り即断即決で適切な指示をだせるよう上の者は精進しなければならないだろう。下の者に不安を与えない。そういった視点で孫子の教えを捉えてはどうだろうか?

仕事で考えて見る。孫子の説くドラや軍旗には2つの意味がある。一つは、命令一下、組織が速やかに動けるように組織をつくる事の大切さ。もう一つは、命令を伝える事が、部下の不安を和らげることを知る事の重要性だ。この2つの視点から、自分のチームを顧みてはどうだろうか?今はネットを利用すれば命令の方法には困らないだろうから、即断即決できるような人間になる事がより大切かと思う。即断即決の秘訣は、常に考えるという姿勢にある。常に考えているという経験の蓄積が、即断即決に確からしさを生むのだ。日々、直観を磨きたいものである。

2017年10月6日金曜日

孫子の兵法 軍争編その4

4、疾きこと風の如し

孫子曰く。「故に疾きこと風のごとく、その徐かなること林のごとく、侵掠すること火のごとく、動かざること山のごとく、知りがたきこと陰のごとく、動くこと雷霆のごとし。郷を掠むるには衆を分かち、地を廓むるには利を分かち、権を懸けて動く。迂直の計を先知する者は勝つ。これ軍争の法なり。」



【解説】

(実際の軍の行動に関して)

孫子曰く。「故にその速度は風を思わせ、静(徐)かならば林を思わせ、侵略(掠)するならば火を思わせる。動かそうにも山のように動かず、情報を得ようにも暗闇(陰)のように分からず、動くなら激しい雷(雷霆)を思わせる。

村落を略奪(掠)する時は軍(衆)から分隊を派遣し、地を広(廓)める時は守備として残る者との間で役割分担(利を分かち)をはっきりさせ、権謀を巡らせ(権を懸けて)動かねばならない。そして、迂直の計で先んじた者が勝つ。これが軍争というものである。」




ここは武田信玄公の風林火山の旗で有名な一説だが、理想的な軍の在り方を自然現象に例えている。その移動は風のごとき速さで、待機している時の静けさと来たら林を思わせる。火が全てを燃やすように略奪したかと思えば、守りに入れば山のように動かない。スパイを送り込んでも暗闇を見るように実態が見えないし、動く時には雷のごとき存在感を見せる。軍はかくありたいものと、孫子は言うのである。

そして、村から物資を略奪し補給の負担を軽減するにも、領地を広めるにも、よく考えてから行動しなくてはならない。軍全体で、例えば10万の兵で村に行く必要はないわけで、10万も連れて行けば動きが大掛かりになるし、つけ入る隙も生じる。主力は敵の動きを牽制しつつ、村には分隊にいかせるのが良い。領地を広げにいく場合も、今持っている領地をいなくなった隙に奪われないように守備隊を置く。そして、仕事が混乱しないよう、領地を広げる役と今ある領地を守る役の役割分担をしっかりするのが良い。

こういった心配りは当然するべきで、何をするにも権謀を巡らせ慎重に判断しなくてはいけない。その上で、迂直の計で先んじる事が軍争の勝利につながる事を肝に銘じよと言うのが、後段の説明となる。

仕事で考えて見よう。武田信玄が風林火山の旗を立て自分を戒めたように、自分なりのチェックポイントを作ると良いかも知れない。会社なら会社のあるべき理想を10か条にまとめる。自分なら自分で日々みなおすべきチェックポイントを10か条にまとめて見る。数字は適当だが、そのチェックポイントを夜寝る前に見直すのは、己を成長させる良い方法である。

初心忘れるべからずと言うが、初心は意識していないと忘れてしまうもの。自分はどういう方向で進むんだったか、チェックポイントとして書き記し日々見直す事で軌道修正する。武田信玄公ですら、自らの旗印に書いていたのである。あやかると思って、常に意識できるようにしたいものである。日々、目標を目にすることで、目標が意識に残る。そうすると、自然と達成しやすくなるのだ。



一日のチェックポイント(具体例)

  1. 誠実に過ごせたか?
  2. 感謝できたか?
  3. 笑顔は忘れなかったか?
  4. 優しい言葉をかけられたか?
  5. 親切にできたか?
  6. 奉仕したか?
  7. 愚痴や、不平不満を言わなかったか?
  8. 傲慢にならなかったか?
  9. 悪口を言わなかったか?
  10. 調和を重んじたか?

孫子の兵法 軍争編その3

3、兵は詐を以って立つ

孫子曰く。「故に諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。山林、険阻、沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。故に兵は詐を以って立ち、利を以って動き、分合を以って変をなす者なり。」



【解説】

(迂直の計を用いるとして)

孫子曰く。「したがって、諸外国(侯)の謀を知らない者は、予め外交交渉をする事はできない。山林、険しい場所(険阻)、水が邪魔になる場所(阻沢)の形を知らない者は、軍を指揮する事はできない。スパイ(郷道)を用いざる者は、地の利を得る事もできない。軍と言うのは、騙し合い(詐)から始まり、利を求めて動き、分かれたり合わさったり(分合)を繰り返して変化する性質を持つのである。」






軍争を勝つためには迂直の計が大切になる事は先述したとおり。では、実際にどうしたら迂直の計ができるだろうか?こういう話だと思えば良い。結論から言えば、まずは情報を集めよと、孫子は説いている。

考えてもみて欲しい。一言にある国と戦争すると言っても、他の諸外国がその隙に攻めてこないだろうか?傍観してくれるだろうか?これは大きな問題となる。戦争には勝ったが、他の国に攻められて亡国では意味がない。軍争以前の問題として、諸外国の状況を担保しなければ戦争は出来ないのである。

では、どうしたら良いだろう?当然、戦争する前に同盟関係を含め諸外国と交渉する、若しくは諸外国を戦争している場合ではない状況に追い込むという答えになる。そのためには、諸外国の状況を良く知り、人脈も作っておく必要があるのだから、「諸侯の謀を知らぬ者に、予め交わる事は能わず」と孫子は逆で説明しているのだ。また、戦争はあくまで政治の一部なのだから、諸外国の政治上の都合を良く知る事で、相手の軍の狙いも透けて見えてくる。狙いが分かれば、相手を利で釣る事も容易くなる。迂直の計は相手を利で釣るわけだから、こういった情報はとても大切なのだ。

次の説明に入る。まず考えて欲しい事がある。自分の小さな子供が1人で遠くへ行くとき、貴方は何を言うだろうか?孫子もこれと同じ事を言っている。さて、実際に戦地に行く事をイメージして欲しい。戦地に行くのだから、戦地にいくまでの道は整備されているのか?そもそも道はあるのか?山や川はどうだ?時間はどれくらいかかりそうだ?こう言った地理上の事は気になるだろう。

山林、崖などの険しい場所の有無、湿地や川など水が行軍の邪魔となる場所の有無を知らないと、行き当たりばったりになる。遊びならそれも良いが、それで戦地に敵より早く到着するのは無理があるのだから、予め知っておけと言っているのだ。

そして、戦地で地の利を得ようにも、その土地の事に詳しい者がいなくては難しい。これも例えば、引っ越したばかりの時をイメージすれば良い。新居に入ったら、まずは何処に何の店があるのか散歩しながら見たりするはず。要はそんな右も左も分からないのに、地の利も何も無いと言う話だ。だから、戦地では郷道と呼ばれる土地に詳しい者から情報を得て、地の利を得るよう動きなさいと言っているのである。

このように、戦争とは相手を騙す事によって始まり、利を求めて動き、分かれたり合わさったり変化を繰り返す性質があるのだ。利にならない事を進んでする人間もいないのだから、利を求めて動くのは良いとして、最後に分合の部分の説明をしておく。諸外国は自分の利益のために同盟を結んだり、同盟を破棄したりするだろう。実際戦う時を見ても、一部の部隊だけ先行させたり、もしくは少なくなった部隊を他の部隊に吸収させたり、状況に応じて陣形は変化していく。これを孫子は分合と言っているのである。

仕事で考えて見よう。仕事も下準備が大切だ。どれくらい大切かと言えば、下準備が仕事の8割と思って良いのでは無いだろうか?例えば、料理だ。素人が料理でイメージするのは、強火のなか鍋を豪快に振ってる姿となるが、実際はそれで味が決まってるわけでは無い。具は何にして、大きさはどれくらいで切ったのか?下味はついているか?こういった火にくべる前の作業こそが味をきめるのである。鍋を振ると派手だが、焼く時は鍋と接する時間が多いほど焼ける。特に家庭用の弱い火力では、実際は鍋は降らないほうが良いのである。

下準備をしっかりして、誰がやってもできる状態にしてから仕事に入る。おおよそ仕事のコツはこれである。孫子は兵法書という事で、下準備を「詐によって立つ」と騙す事を焦点にして説明しているだ。仕事は下準備で決まる事を思い返したい。

2017年10月4日水曜日

孫子の兵法 軍争編その2

2、百里にして利を争えば・・・。

孫子曰く。「故に軍争は利たり、軍争は危たり。軍を挙げて利を争えば則ち及ばず、軍を委てて利を争えば輜重損てらる。故に甲を巻きて趨り、日夜処らず、道を倍して兼行し、百里にして利を争えば、則ち三将軍を擒にせらる。頸き者は先だち、疲るる者は遅れ、その法、十にして一至る。五十里にして利を争えば、則ち上将軍を蹶す。その法、半ば至る。三十里にして利を争えば、三分の二至る。故に、軍、輜重なければ則亡び、糧食なければ則ち亡び、委積なければ則亡ぶ。」



【解説】

孫子曰く。「故に軍争は利ともなり、ともすれば危ともなる。全軍を挙げて戦地に先着(利)しようとしても及ばないし、全軍は諦(委)めて行ける者だけで先着(利)を目指すなら、輸送部隊(輜重)を捨てねばならない。

故に兜(甲)を脱いで体に巻いて走り、日夜関係なく通常の倍を進み、百里の遠征をして先着(利)を競うなら、上軍、中軍、下軍の三将軍が捕縛(擒)されてしまう。強(頸)き者だけが先を行き、疲れた者から遅れていき、おおよそ到達は一割となるからだ。これが五十里の遠征になると、先鋒隊である上将軍が倒(蹶)れる事になる。この場合、到達は半分となる。三十里の遠征になると、これが三分の二だ。軍は輸送(輜重)がなければ亡ぶし、糧食がなくても亡ぶし、蓄え(委積)が無くても亡ぶのだ。」





迂直の計は、あえて不利な行為をし、利で相手を釣る。そのため、相手が罠と気づいたなら一方的に不利益を被る事となる。軍争は仕掛けた罠に相手がはまれば利益となるが、罠を回避されてしまう危険性もあるのだ。

さて、軍争を具体的に考えて見よう。まず、速度の異なる騎兵、歩兵、輸送兵を戦地に連れて行く事をイメージして欲しい。どうしたら早く戦地に到着できるだろうか?理想的なのは、全ての兵が一緒に戦地に速やかに辿りつける事だ。軍の戦力が損なわれ無いし、戦地で十分に戦う事ができる。

だた、これをすると兵ごとの行軍速度の違いが大きく響く事になる。足の速い騎兵でさえ、足の遅い輸送部隊に速度を合わせなければならないのだ。戦地への先着争いをしている最中に、輸送部隊の速度に全軍の速度を合わせるのは如何なものだろうか?おそらくは敵に先着を許す結果となる。最も遅い輸送部隊の速度で行軍しては、流石に敵の速度に及ぶまい。

では、全軍一緒はひとまず諦めて、速度重視で考えて見る。速度勝負をして、速度で負けてはしょうがない。まずは勝負に勝つ事を念頭におき、騎兵の足の速さを活かしてどうだろう?騎兵の速度なら、敵より早く戦地にたどり着ける。足の遅い輸送部隊は置いて行くしかないが、騎兵だけでも戦地に送れば速度勝負に勝ちやすいではないか。ただ、この場合も、騎兵だけで敵と戦えるのか?という根本的な問題に直面する事になる。軍争で勝っても、その後の戦いで負けてしまっては意味が無いのである。

輸送部隊は軍において非常に重要だ。おおよそ輸送部隊からの補給がない軍は亡ぶ。食料もなく、財貨もなければ、どうして軍を維持できようか?腹がへっては戦は出来ぬのだ。先着したいからと輸送部隊を犠牲にしては、辿り着いても戦えない。しかし、輸送部隊がいては足が遅くて敵の先着を許す。軍争はかくも難しい。そして、孫子はこれをより具体的に論じている。

例えば、100里の遠征をするとしよう。鎧は軽いものにし、日夜問わず通常の倍を行軍し、ひたすら戦地へ向かう。この場合、戦地には早く着くが、辿り着けるのは精々1割となる。軍の中でも強い者だけが到着し、残りは疲れた者から途中で脱落してしまう。1割の兵力で敵と対峙すれば結果は見えていて、上軍、中軍、下軍の3将軍ともに捕まってしまう事だろう。

これが50里の遠征ならば、大分改善され半分は戦地に辿り着ける。だが、半分の兵力で敵と対峙すれば、やはり結果は見えている。先発隊である上将軍は倒れる事になる。さらに30里の遠征とすれば、また改善され3分の2が戦地に辿りつけるが、それでも3分の2の兵をもって敵と対峙せねばならない。

軍争を考えれば足の遅い輸送部隊は省きたいが、輸送なしでは軍が維持できない。このジレンマを解決するのに一番良いのは、敵方に足を止めてもらう事だ。敵の足がとまるなら、此方の速度は関係ない。そして、迂直の計という発想に至るのである。迂直の計自体にも危険はあるが、成功すれば軍争の問題は解決する。よく知恵を絞られたしと、孫子は言っているのである。

将棋の話を紹介しよう。プロの将棋は基本的に定跡と呼ばれる、過去の経験上良しとされている指し方同士の戦いとなる。将棋は徳川家康の時代から家元がいて、その時代から400年あまり研究されてきたのだ。不完全とは言え、勝ちやすいとされる指し方が出来上がっている。

こういった理由からプロ同士の戦いは定跡が自然と多くなるわけだが、定跡は通常は先手良しとして作られている。先手から手番は始まるのに、先手がわざわざ後手良しの手順に踏み込まないと言ったほうが良いかも知れないが。こういった理由から、プロの対局は先手は定跡どおりに指して、後手は定跡通りでは負けるため定跡から外れて指すというパターンになりやすいのだ。

しかし、ここで迂直の計が試される事がある。定跡は絶対ではなく、あくまで過去の経験上は優勢と見られているという事だ。そのため、優勢では無く、実は劣勢なのだと発見する事が出来ると、途端に迂直の計のチャンスとなる。プロ同士の対局なのだから、お互い定跡くらいは知っている。そこで例えば、先手有利とされている形に後手から誘ったらどうだろう?素人なら定跡知らないのかと思うだろうが、プロから見れば大きな誘いに見えるはず。なんせ相手が自分に勝たせてくれるわけが無いのだ。

しかし、先手有利という過去の経験が、孫子の言う利によって鎌首をもたげるのである。先手有利が常識なのだからと、先手は不信に思いながらも踏み込む事だろう。そこで後手は新手をだして、相手をバッサリ斬り捨てるのである。(先手と後手入れ替えても同じ)

将棋の世界では羽生善治永世6冠が、こういった事をして今の地位を築いたと言われ、将棋の解明を100年は縮めたと言われる所以である。今では研究と言う言葉に集約されるこういった行為も、実は孫子の兵法で言う迂直の計なのだ。相手を利によって誘い、そして不利を有利に変える。一見有利に見える定跡どおりの展開は、プロ同士の対局では怖かったりするのである。

仕事の話も紹介しよう。ただ、迂直の計で仲間の力をそぐという話を紹介してもしょうがないので、逆の話を紹介する。昔から出すから入ってくるから出入口とか、喜ばせる者が喜ばされると言われる。情けは人の為ならずという言葉もある。実はこういった言葉は、迂直の計で説明できる。

一見不利だと思われる相手を喜ばせる行為が、最終的には貴方を助ける事になる。不利を有利に変え、そして相手に利を提供して釣っている。迂直の計そのものでは無いか?

2017年10月2日月曜日

孫子の兵法 軍争編

1、迂をもって直となす。

孫子曰く。「およそ兵を用うるの法は、将、命を君に受け、軍を合し衆を聚め、和を交えて舎するに、軍争より難しきはなし。軍争の難きは、迂をもって直となし、患をもって利となすにあり。故にその道を迂にして、これを誘うに利をもってなし、人に遅れて発し、人に先んじて至る。これ迂直の計を知る者なり。」



【解説】

孫子曰く。「およそ戦争というものは、将が君主に命令を受け、軍を編制し兵を集め、一緒に(和を交えて)戦地に向かう(舎する)が、軍争ほど難しい事は無い。軍争の難しさは、迂回をもって近道となし、不利(患)をもって有利とする事にある。故にその道を迂回しながら、利によって敵を誘い、人より遅れて出発しておきながら、人より先に到着する。これが迂直の計を知る者となる。」




およそ戦争というものは、君主から命令を受けた将軍が、軍を編制し国民を徴兵する所から始まる。軍が出来たなら戦地に向かうわけだが、この戦地に辿りつくまでの争いを軍争と言い、この軍争がとても難しい。

戦争が始まれば、先ずは戦地における地の利の奪い合いである。敵に戦地に先着されると、地の利を奪われ不利な戦いを強いられる事になるのだから、此方で地の利を確保し、その後の戦いを有利に展開したい。戦地には敵より早く着きたいのだ。

ただ、ここで問題となるのが、軍は部隊ごとに行軍速度が違うという点だ。軍と一言に言っても、騎兵隊もあれば歩兵隊もあるし、補給物資の輸送隊もある。動きの遅い輸送隊に速度を合わせては、敵に戦地に先着されてしまうが、逆に動きの速い騎兵に合わせては歩兵すらついて行けない。行軍速度の異なるこれらを、戦力を出来るだけ損なう事なく、どれだけ速やかに戦地に到着させられるか。これが将の腕の見せ所であり、軍争を巡る戦いなのだ。

軍争をめぐる戦いの大切なポイントは、行軍中に行軍速度を変えるのは限度があるという事かも知れない。歩兵が足が遅いからと休まずに行軍する事はできても、全員に馬を配れるわけいかない。どうあがいても、歩兵は騎兵にはならないのである。それに、そもそも歩兵には歩兵の利点もある。例えば、地形次第で馬が使えない場所もあろう。平原でこそ騎兵は威力を発揮するが、弓兵が潜みやすい山では大きな的となってしまう。どの部隊も一長一短だ。

では、現状のまま敵より早く着くにはどうしたら良いだろう?これを考えると、結局、敵に足を止めて貰うという発想に至る。敵のスピードが此方より遅くなれば、戦地には此方が早く到着するのだから。そこで、敵の足を遅くするための一計を案じるわけである。こうして出てくるのが迂直の計である。

軍争の難しさは、周り道を近道に変える事にあり、不利を有利に変える事にある。敵に足を止めて欲しいからと言って、そうお願いしても足は止めてくれまい。敵に足を止めて欲しければ、例えばあえて遠回りをして油断させるとか、あえて不利な状況を演出して慢心させる必要がある。ただ、それだけでは心許ないないため、出来た心の隙を利で誘うのである。であればこそ、敵より遅れて出発しておきながら、敵より先んじて着く事ができる。これを周り道(迂)を近道(直)に変えると言うのだ。

迂直の計の大切なポイントは、相手を油断させ、慢心をもって、利に食いつかせるという2段構えである。油断・慢心という心の隙ができても、敵がそのまま行軍しては意味が無い。敵にできた心の隙を利で釣るからこそ、敵は足を止めるのである。逆も同様である。利だけ用意しても、相手が冷静な状態では罠を疑い食いつかないかも知れない。しかし、慢心しているからこそ、欲目がでてくるのが人情である。「分かっていたはずが、つい」この言葉を暗に引き出すのが、迂直の計の本質なのだ。(将軍ならば、迂直の計は知っている)

例えば、政治を考えて見よう。嘘が3つ集まると政治になると言う格言どおり、基本的に政治家は本当の事を言わない。其処ら辺を不審に思う人もいるわけだが、それは何故だろう?下心もさることながら、本当のことを言うと邪魔が入るからである。そのため、政治では迂直の計が多用される。具体的な話は想像にお任せしよう。

次は仕事で考えて見る。仕事では、常に見られている意識を持つ事が大切となる。人は誰かに見られていると思っていれば、足を踏み外さないものである。人が足を踏み外すのは、誰にも見られていないと思えばこそ。誰にも見られていないと思うから、盗みを働いたり、仕事をさぼったり、普段は暴言を吐かない人が暴言を吐いたりするのだ。

一度くらいでは見つからないだろう。でも、一度目があれば2度目もあるもので、結局は癖になるものだ。そして、癖になってしまうと、何時までも隠し通すことはできない。必ず何時かは見つかり、その時、痛いしっぺ返しを受ける事になる。これを、まさかの落とし穴と言う。だから、常に見られてるという意識が大切だ。人が見ていないからではない。人が見ていないからこそである。これは迂直の計を裏から見た話だが、両面から抑えて欲しい。

誰もいない時に、仕事を一生懸命こなしていた。ある時、それを上司が偶然見かけた。それで上司の評価が変わり、チャンスを頂けた。逆も然り。誰もいないからと、仕事をさぼっていた。ある時、それを上司に見られた。こいつは人が見てない時はサボる人間と思われ、信用を失った。これが人情である。



---- 以下、余談 ----

今回は軍争を戦地に辿りつくまでの間と定義したが、文字通り軍が戦う事とする解釈もある。ただ、迂直の計は、敵の油断・慢心を誘い利で釣るという部分が核心であるため、どう定義しても言わんとする事は同じとなる。

軍争の難しさは、相手を油断・慢心させるためにあえて不利を装うが、実際に不利である事には変わりないため、ともすると一方的に不利益を被る事にあるという話に落ち着く。