2016年6月17日金曜日

ユニークさが大事になる

ユニークさが大事になったと言われる。そして、それはロボット技術や人工知能の発達によって、加速する流れにあるのだとか。単調な作業は人間がやらなくて良い時代になるため、人間がするべき事はユニークさに依存する事になるわけだ。ただ、ユニークさと言っても、ざっくばらんすぎるので、少し考えて見よう。ユニークさとは一体何だろうか?ある人によれば、ユニークとは、異質なものと、異質なものとの組み合わせ。もしくは、当たり前だと思われていた事が、実は違う事を証明する事だそうだ。

例えば、自動車王ヘンリーフォードは、肉屋の流れ作業をみて、車を流れ作業で造るアイデアを手に入れたと言う。そして、フォード王国を作り上げた。肉屋と自動車という一見関わりが無いように見えるものを、フォードは組み合わせたのだ。

例えば、大便の話がある。ある時まで、大便は食べ物の残りカスだと思われていた。発想としては自然な気がする。腸で栄養をとられた残りが大便となって出てくると言われれば、そうだろうなと思ってしまうくらいのイメージしやすさがある。だが、今これは違うという事になっている。大便は体内部の新陳代謝の結果の老廃物だと言うのだ。皮膚が新陳代謝で垢をだすのと同じで、体内部でも垢がでる。それを集めたものが大便だと言う。食べ物は体内に入ると分解吸収されるため、大便とならないというのが今の通説となる。この例は当たり前だと思っていた事を、実は違うと証明し、ユニークさを出したと言える。

こう言っては何だが、恐らく集団になじめない人のほうが、こういった事を見つけやすいのでは無いだろうか?集団で仲良くやる事は大事なのは間違いないと思うが、集団にいると集団のルールに疑問を持たなくなりやすい。疑問を持たないとユニークさなんて出てこないのだ。集団になじんでいる者より、集団になじめなかったある種の疎外者から、ユニークさが出てくるのは、面白い現実な気がしないか?

爆笑問題の大田光などは、高校時代に友達がいなかったと言う。しかし、今の彼の活躍を見れば、友達がいないと馬鹿にするのも恥ずかしいだろう。何を言いたいか分からなくなってきたが、とにもかくにもユニークさが大事だという事だ。個人的には、何でも自分で考える。それが他人の目からはユニークに映るくらいに思ってる。集団になじめないなら、それはユニークさを育む土壌。人と意見が合わないなら、すでにユニークさを持っているという喜ぶべき事。今までの常識を疑って生きると面白いかも知れない。少なくとも、これからはそれが要求されるらしい。



2016年6月16日木曜日

足の匂い対策

大人のエチケットとして、自分の匂い対策もあるように思う。やはり、臭い人とは一緒にいずらい。そこで、今回は足の匂いに注目して見る。足の匂いはどうも汗がでて発生する細菌が原因のようだ。細菌が原因なら、その細菌を抗菌スプレーで殺してしまうのも一つの手なのだが、足からでる汗自体を出さない事も考えて良いかも知れない。汗さえでなければ、細菌も発生せず匂い問題も解決できるのだから。

足からでる汗には特質があり、緊張した時にほとんどでるのだとか。そのため、緊張しないのが一番の汗対策らしい。ただ、緊張するなと言われても、どうしたら緊張しないでいられるかという問題があるのだが、それには仕事に集中して、緊張自体を忘れてしまうのが良いそうだ。仕事に集中すると、仕事の腕もあがり、匂い対策にもなる。一石二鳥だ。

仕事に一生懸命打ち込むと、足の匂い対策にもなるのは面白いと思う。

2016年6月15日水曜日

子供には良い話を聞かせる。

小さい子供には、良い話だけを聞かせよう。

出世する話、人を助ける話。

それを聞きながら育った子供は、

大人になったとき聞かされた話の影響を受ける。

出世したり、人を助ける事が好きな大人になるのだ。



---- 以下、余談 ----

逆に愚痴ばかり聞かせたり、夫婦が喧嘩ばかりしていると、子供がどういう大人になるかも想像つくはずだ。子供は親が家で話す事を話すという格言があるが、まさにその通りになるという話だ。信じるも八卦、信じぬも八卦だが、参考までに。

喜び上手の人

喜び上手な人は可愛げがある。例えば、プレゼントをあげたとする。思いっきり喜んでくれる人と、あまり喜んでない人のどちらを好意的に思うだろう?恐らく、おもいっきり喜んでくれる人を可愛い奴と思うのでは無いだろうか?豊臣秀吉などは織田信長から秘伝のツボを褒美にもらった時、飛び跳ねて喜んだという逸話が残っている。その時、信長はいなかったそうだが、飛び跳ねている光景を女中がみて笑ってしまったとか。女中がする秀吉の噂話を信長が聞いたら、猿め可愛いやつと思ったに違いない。

豊臣秀吉の逸話から、何か得られれば幸いだ。

2016年6月14日火曜日

浮気の賛否両論

穿った見方をする。日本には貞操観念がもともと無かったという話もあるようだが、今の日本における貞操観念はアメリカの3s戦略の賜物なのは間違いない。良くも悪くも、アメリカがセックスを推奨したため、日本のマスコミでもてはやされてきた。マスコミがもてはやすから、今の貞操観念が出来上がったと言える。遊ぶ事がカッコいいとされたのは、本当に遊ぶ事がカッコいいからではなく、それがアメリカの戦略上に適っていたので、カッコいいとされてきたのだ。

勿論これからもそうなるかも知れないし、生き物として考えれば優秀な雄が雌をたくさん従えるのは自然とも言えるわけだが、アメリカの戦略が変わったり、もしくはアメリカ以外が日本に影響を及ぼすようになれば、遊ぶのがカッコいいという価値観はどうなるかは分からない。その場合、女遊び、男遊びの激しい人は戦犯として吊し上げられる事になろう。最近のTV放送を見ていると、多少時代の変化があるのかと感じるので、あえて記事を書いた。

大きな枠組みで見れば、遊ぶ事をカッコいいとするために、遊ぶ人を採用しもてはやす。遊べる自分はカッコいいという視点の他に、遊ぶ事をカッコいいとしたいという政治的な視点をもつと空気が読めるかも知れない。そして、それは長生きにつながるように思う。

男は女と寝たがる。そこに理由は無い。これを良しとするか、悪しとするかは時代によって決まるのだ。悪しとするなら、人間は理性があるから他の動物とは違うと言えば良い。理性の無い人間なんて、動物と同じだからと取り締まる何てことは普通に想定できる。浮気の賛否両論を決めるのは時代。そういう視点も大切では無いだろうか?



---- 以下、余談 ----

他のブログで浮気について書いたので、あえて変化をつけて書いている。こういう陰謀論的な切り口を逆らうためと決めつけず、相手とうまくやるために知るという視点も日本には必要では無いだろうか?

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2016年6月13日月曜日

隠しぼめ

隠しぼめと言う話がある。一言に褒めると言っても、良い事を良いと言うだけが能では無い。良い事を良いという時に、あえて良いと言わずに褒めるのも粋だ。例えば、一緒に仕事した人に、貴方の仕事は本当に素晴らしいと褒めるのも良いが、そう言わずに、貴方とはまた仕事がやりたいと褒めるのも良い。この後者が隠し褒めだ。褒め方も色々バリエーションをつけられると、コミュニケーションの幅が広がる。恐らく、隠しぼめのほうが粋だ。どうせなら、恰好よく褒めたいと思わないか?

なお、この話は渥美清の話からの引用なので、隠しぼめと検索すると色々でてくる。自分はそちらのブログほど上手く説明できなかった。また見たくなるブログに出会えるだろう。




---- 以下、余談 ----

例えば、敵対しているグループがあるとしよう。敵の親分に対し、あいつが居てくれて助かると言えば、敵の親分にとってはマイナスに働くかも知れない。敵が褒めている親分では不味いと考えるのが普通だからだ。あいつが居なくなったらチャンスと言えば、敵はその親分を必死で守るかも知れない。敵が嫌がる親分は、頼りがいのある親分である可能性が高いだろう。コミュニケーションも、自分の立場によって色々だと思う。

実際はこんなに単純じゃないにしても、敵の親分を助けたい時は、嫌がってあげれば良いというのは面白いじゃないか。話は変わるが、国際政治を見る時も、こう言った事に注意すると見え方が変わるかも知れない。


2016年6月12日日曜日

あとから来る者のために

「 あとから来る者のために 」  作 坂村真民

あとから来る者のために
苦労をするのだ
我慢をするのだ
田を耕し
種を用意しておくのだ

あとから来る者のために
しんみんよお前は
詩を書いておくのだ

あとから来る者のために
山を川を海を
きれいにしておくのだ

ああ 後から来る者ために
みなそれぞれの力を傾けるのだ

あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
未来を受け継ぐ者たちのために
みな夫々自分でできる何かをしてゆくのだ



【感想】
良い詩だと思う。心に来るものがあった。この詩の途中、しんみんよお前は詩を書いておくのだという部分があるが、見事だ。確かに、この詩から自分は受け取るものがあった。自分は生きてきて、後からくる者のためにと考えた事は無いが、先人から受け継いだものを、後に続くものにしっかり伝えるのは美しい行為のように思う。

この詩を取り上げようと思ったのも、最近趣味の歌を歌っていて思う事があった。村下孝蔵の初恋という曲をラジオで知って、いい曲だと検索にかけたら、村下孝蔵が死んでいる事を知った。その時、自分がこの歌を大事に歌ってあげると思ったのだ。この世を旅立った村下孝蔵に、貴方の歌はまだ生きているぞと言ってあげたい。



---- 以下、余談 ----

ラジオを聴いていたら、ビートたけしの言う馬鹿野郎この野郎は、師匠の深見千三郎譲りである事を知った。深見千三郎は何を言うにも、最初に馬鹿野郎この野郎と言ってから話したそうだ。その癖がビートたけしに移ったとかなんとか。この話を聞いて思ったのが、これは恩返しだなという事。深見千三郎は死んだ。でも、彼はビートたけしの口癖の中で生きている。師匠の口癖を弟子が真似をすることで受け継ぐ。師匠は死んだが、今も口癖のなかで生きている。何とも粋じゃないか。